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子どもたちの遺言

 いつかぼくが
 ここから出て行くときのために
 いまからぼくは遺言する
 山はいつでも高くそびえていてほしい
 海はいつまでも深くたたえていてほしい
 空はいつまでも青く澄んでいてほしい
 そして人はここにやってきた日のことを
 忘れずにいてほしい

 これは谷川俊太郎さんの詩「子どもたちの遺言」という詩の一節です。
 私は、知人を介して、この詩を知ったのですが、読んだとき、心からそのとおりだと思い、また、抽象的ですが、このために何かをしなければならない、と思いました。
 谷川さんは、死からはるかに遠い子どもが大人にむかって遺言する方がこの時代では切実なのではないかと思って、この詩を書いたそうです。私はそこまで考えたわけではないのですが、自分を突き動かす、活動の原点のようなものを感じました。

 さて、普段、仕事上、「遺言は大事です」、「遺された人たちのためにも作っておくにこしたことはありません」「公正証書遺言がお勧めです」、などとよく話しますが、自分自身はどうかというと作っていません。遺すような財産もないのですが、子どもに自分が何をしてきたのか、何をしようとしているのか、もし今自分にもしものことがあったとしても伝えることも出来ないままになってしまうのかなと、詩を読んでから気になり出しました。学生の頃、友達の父親が出張で飛行機に乗るたびに遺言を書いてくれていると聞いて、驚き、笑ってしまいましたが、いまだとなんとなく分かるような気がします。


 法律に関わっていると、遺言は相続に関するトラブルを防ぐためのものと狭く考えがちですが、遺された人へのメッセージという意味も遺言にはあります。最近は、エンディングノートというものも注目を浴びている、あるいは、遺言の活用を勧める活動をしている団体もあるようですので、遺言を書く意味など、改めて考えてみようかなと思います。



2012年7月 6日 Tetsuki Namba