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くじは政治を変える?

 少し古いですが、これは4月7日の朝日新聞、争論のタイトルです。

 みなさんは「市民討議会」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは、ドイツで考案された市民参加の手法です。無作為抽出された市民が与えられたテーマについて議論し、その結果を行政に伝え、行政は結果を市民の意見として政策決定の参考にします。市民参加の方法には、審議会、ワークショップ等さまざまありますが、市民討議会は、参加する市民が、自ら手を上げるのではなく住民基本台帳などから無作為に選ばれるところに特徴があります。タイトルの「くじ」というのは無作為抽出という特徴を表現したものです。

 無作為抽出というのは、できるだけ市民の意見を広く正確に集めようという目的で考案されたものです。ワークショップなど公募型の場合、特定の意見を持っていて、かつ、意見を言いたい、という人が集まる傾向であり、一部の意見に過ぎない、偏りがあるという懸念があります。市民の意見を吸い上げるには、意見を言いたいという人ばかりではなく、いわゆるサイレントマジョリティーと呼ばれる層の意見も引き出さなくてはならない、そのために無作為で抽出した人を集めようというわけです。

 日本でも東京の三鷹市などが2006年頃からこの手法を取り入れており、研究者らが普及をめざした会を立ち上げ、経験交流なども行われています。

 争論では、三鷹市長が積極派、なぜか札幌市議が懐疑派として、意見を述べています。市民の声を反映できる手法なのか、議会軽視につながらないか、選ばれた市民は責任をもって結論を出すのか、というところが争点として上げられています。基礎自治体の議員からすれば、自分たちこそが市民の声を反映させる役割を担っているという自負があるので、懐疑的な見方をするのは当然なのかもしれません。記事でも、そういう想いがにじみ出ていました(滲みすぎて説得力を欠いているきらいがありますが。)。

 私も、道内のある街でこの手法を取り入れた会議の主催に携ったことがあり、難しい面があることは実感しています。

 もっとも、責任ある判断ができるのか、誘導や偏りが出て誤った判断につながらないか、という懸念はゼロでないにしても、この手法を否定するほどのものではないと思っています。

 何から何までこの手法が最適なわけはもちろんないですが、市民の能力、責任感は信頼に足りるものだと思いますし、経験によって意識や能力も高まるものでしょう。自己の啓発、発展は住民参加の重要な意義だと言われています。ドイツとは制度も民度も違うというような冷めた言い方をする人もいますが、はじめの一歩がなければ前には進めないわけで、市民の参加できる手法が増えて、広まることはとても良いことだと思います。

 原発の再稼動問題をはじめ、国民の声が反映されているとは思えない政治の動きが目に付きます。国民の声を反映させる方法が足りないのか、国民が声を上げないからか。まずは関心を持つ、声を上げる、意思表示をする、そこから始める、続ける、ありきたりですが、そんなことを改めて思いました。

 



2012年6月21日 Tetsuki Namba | コメント(0) | トラックバック(0)

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