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フィクションもの

最近、アメリカとドイツの環境問題絡みのフィクションものを1冊ずつ読んだのだが、作者の意識の違いというかEUとアメリカの環境問題に対する意識の違いのようなものを感じて面白かった。

 1冊目、「深海のyrr」は、ドイツ。環境に負荷を与え続ける人類を見限った謎の深海生物が人類へ攻撃を始め、これに対応する人類の姿を描いたもの。世界中の科学者が協力する中、アメリカは自らが中心となって謎の生物を退治し、世界の中心国としての威信を維持しようと画策するが、謎の生物との共存を目指すEUの科学者がこれを阻止。そして、謎の生物に対して共存を呼びかけるメッセージを伝えることに成功し、攻撃は止まり、今後の共存の道を探る体制は世界中の国々が協力し合って構築しよう、というところで話が終わる。環境問題で地域として世界をリードしようとするEUの方針にあてはまっていて、ベストセラーになったのもわかる気がした。

 他方の1冊、「恐怖の存在」は、アメリカ。暴走する環境保護団体が自然災害を装ったテロで恐怖をあおり、活動資金集めを行おうとする計画を阻止するアクションもの。主人公は弁護士でクライアントの関係で事件に巻き込まれてしまい、テロを阻止していく羽目になるのだが、その過程に、地球温暖化問題を常識として疑問を持とうともしなかった主人公、組織の維持拡大が目的となってしまっている環境保護団体、無理解なまま環境問題に取り組んでいることに酔っている著名人の姿が批判的に織り込まれている。温暖化問題に消極的なアメリカらしいと思った。

 ただ、後書きなども読んでみると、作者は自身でいろいろと調べて、地球温暖化問題に批判的な意見を持つようになったらしく、全体のトーンからしても温暖化問題がおかしいと批判しているのではなく、鵜呑みにせずに自分自身で考えろと言いたいのかもしれない。ついでに、弁護士は事を大げさにして騒ぐだけだとも批判していて、これはアメリカに限ったことか・・、日本の弁護士は社会に貢献する役割を担っているのか・・・考えさせられた。


 



2009年4月14日 Tetsuki Namba | トラックバック(0)

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