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温暖化?

今年11月に開催される日弁連の人権大会(全国大会みたいなもの)のシンポジウムのテーマに地球温暖化問題が取り上げられる。タイムリーなテーマだが、そもそも地球温暖化は起きているのだろうか?

 昨年、懐疑派の武田邦彦さんを呼ぶイベントに関わったこともあり、懐疑派の本も数冊読んでみた(最近は懐疑的な論調の本が結構売れているらしい)。読んだ後に、シンポジウムの実行委員に懐疑論についてどう思っているのか聞いてみたら、温暖化自体は検証されていて、懐疑論に対しても科学者が丁寧に反論しているサイトもあると教えてくれたので、web上に掲載されていた「地球温暖化問題懐疑論へのコメント」を読んでみた。

 残念ながら、すっきりした気分にはなれなかった。ほとんど1人の人が書いていて、そのトーンが多少感情的に感じたからかもしれないが、科学的な主張の対立に自分がついていけていないせいかもしれない。コメントは、結論としては、懐疑論者は、意識的にせよ無意識的にせよ、不十分な理解、知識に基づいて、政治的な思惑、利権の確保などをもくろみ温暖化対策が進むことを妨害しようとする勢力の片棒を担いでいる、と批判している。しかし、懐疑論者も温暖化問題では科学と政治がごっちゃになって温暖化防止と称する対策が無批判に無駄に推進されていると批判していた。

 では、自分はどう考えるのかというと、正直、どちらでもよいと思っている。

 温暖化しているとしていないとに関わらず、今の人間の生活は、環境への負荷を掛けすぎていて不自然で、改める必要があると感じているから、温暖化問題の意義は、多くの人が立ち止まって自分の頭で考えるきっかけをなることにある、くらいに思っている。

 しかし、テレビニュースのコメントや製品のコマーシャルなどを見ていると、温暖化と言えばそれで話がまとまってしまう、あるいは温暖化防止と聞くといい物のように感じてしまうムードが世の中に蔓延し、思考が止まってしまっているのではないかと気になる。実際、昨年、日本は洞爺湖サミットを開催し、環境先進国をアピールしていたはずなのに、景気が悪化するやいきなり高速道路料金の一斉値下げという二酸化炭素排出強化キャンペーンとも言うべき政策を実施し、国民もこれに応じてETC機器を買おうと店に殺到し、高速道路では混雑が生じている。さらに、首相は贈与税を見直し、車や家の購入を促そうと発言する。みんなが、エコを連呼し続けているが、思考はまったく深化せず、停止してしまっているのではないだろうか。そうだとすると懐疑論が声を上げていることは、むしろ世の中がまだ健全なことを示しているのかもしれない。

 視点は少し違うが、友人が紹介してくれた「人にはどれだけの物が必要か」という本は、面白かった。「あると便利か?」ではなく、「ないと困るのか?」という発想の転換が必要な気がする。そう言えば、武田邦彦さんも「ものの時代」から別れて「こころの時代」を築くための「愛用品の5原則」を提案していた。

 大切なことは自分の頭で考えることで、「エコ」が単なる流行ものの一つで終わってしまわないことを心から願う。

 地球を救う医者になれるかはわからないが、地球の蝕む病気の素にはなりたくないと思うのはみんな同じだろう。

 



2009年4月 1日 Tetsuki Namba | トラックバック(0)

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