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川辺川

先月、熊本県の川辺川に行ってきた。ダム関連のシンポジウム開催にあたって、参考事例として、昨年の八つ場ダム計画に続いて、川辺川ダム計画の現地を見ようという企画だった。(シンポジウムは3月14日、かでる2.7で開催予定)http://www.satsuben.or.jp/events/2009/04details.html

 川辺川は球磨川の支流で、球磨川流域は昔からアユで有名な清流だったが、不知火湾から川をさかのぼっていくと、ダム、堰など河川工作物が本流には9つもあり、その影響は大きいらしい。漁協の方の話しだと、ダムができる前と今では、川のきれいさ、魚の豊富さがまったく違うそうだ。今ではアユも河口付近で遡上する稚アユを捕獲し、水槽に入れて上流に運ぶのだとか。

 ちょうど、撤去するかどうかで知事の判断が揺れている荒瀬ダム、そのすぐ上流に位置する瀬戸石ダムは、試験的にゲートを開放し、水を溜めない上体であったため、普段はダム湖の底になっている地域も川の流れができていた。

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その水はきれいだった。案内してくれた方々も水が澄んでいることに驚いていた。夏場はどんな状態なのだろう。漁協の方が、これだったら数年で魚が戻ってくることができる、ダムを撤去しなくてもいいからゲートを通年開放してくれればいいのに、とつぶやいていた。水は貯まると腐ってしまう、水は流れてこその川なのだろう。

 今、川辺川ダムに反対している人たちは、本流のダムができるときは、こんなに川が汚れて、しかも洪水被害がなくなるどころかひどくなっていることに憤るとともに後悔しているように見えた。昔、きれいな川のそばで育ったという原体験が、川への愛着心、そして、ダム反対に共同で取り組む原動力になっているのかもしれない。反対運動を行っている方々の新年会にも参加させてもらったが、出席者も多く、熱気があふれていたのが新鮮だった。

 もっとも、住民が一致してダムに反対しているわけではなく、賛成派、反対派の攻防も激しく、10年ほど前に住民側が訴訟で勝訴した後も、いろいろあるらしい。国に反対した以上、一生戦い続けるしかないと覚悟しているという1人の住民のコメントが重かった。

 実際に、五木村という水没予定地にも行ってみたが、すでに水没予定地にはほとんど人は住んでおらず、多くの人が町から離れ、残った人もダムに沈まない高さに新たに造成された代替地に移っている。立派な道路に立派な住宅や公共施設、これが貧しい山合いの村の集落だったのか、五木の子守唄のイメージとも違い、妙な感じがした。八つ場ダム水没予定地でも同じことを感じたが、水没予定地のコミュニティ、地域文化などは相当変容してしまうのだろう。今さら、ダムができないと言われても、元に戻ることはもちろんできない。


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 賛成、反対、それぞれに思いも意見もあるわけで、それが揺れることは避けられないことだが、やはり、何十年も賛成、反対でもめる、もめている間も関連事業が進んでしまうことは異常だ。ダムありきで強引に進める国のやり方が問題なのか、地域に任せればそれでうまく行くのか、住民参加とはどうあるべきか、問題はいろいろあるのだろう。

 河川法改正で、国の姿勢が変わったかに見えたが、最近の各地の流域委員会の状況などを見聞きすると、元に戻っている、あるいはそもそも変わっていなかったようにも思える。

 北海道でもダム計画はちゃくちゃくと進んでいる。その地域に住んでいる人が少ないのが北海道の特徴だが、直接の利害関係がなくとも1人1人が守るべきものは守るべきと声を上げること、関心を持つことが、地味だが必要なのだろう。

 シンポジウムがそういう機会になればと思って、今、準備を進めている。

 



2009年2月 2日 Tetsuki Namba | トラックバック(0)

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